自然とのつながり

子どもの頃から土が嫌いでした。

公園の砂遊びも苦手で、

どろんこになったり、手が汚れたりするのが嫌な子どもだったのです。

 

そんな私が今、野菜を育てている。

人生って不思議だなと思います。

キャリアを積み重ねる時期も、パートナーシップを育てる時期もある。

今は、遅まきながら、自分の暮らしを作る時期。

 

そうやって、人生のフェイズが変わっていくのです。

ちょうど月の満ち欠けのように。

変わらないと思っていた日々もいつか終わるし、

机を並べ、顔をつき合わせていた人たちともいつか疎遠になっていく。

 

東京の郊外で生まれて、雑誌の仕事が大好きで、業界から離れることは考えられなかった。

だから、東京の空が小さい暮らしは、そういうものだと思っていたけれど、

今、思うと、あまり豊かではありませんでした。

 

仕事はたくさんある。お金も稼げる。友達もいる。おもしろい人にも会える。

でも、いつも駆け抜けていて、自然とのつながりがほとんどなかった。

春でも、冬でも、あまり関係なかった。

 

そんな中で見つけた自然とのつながりが月や星であり、

まだ20代だった私は、夢中になった。

30代後半には東京の喧騒を離れて、沖縄に通うようになり、

40も間近で沖縄本島に移り住んだ。

それも、自然とのつながりを無意識に求めていたんだと思います。

 

今は、京都で夫婦二人暮らし。

住まいの隣で畑を借りて、日々の食卓に上る野菜を育て、

近くには賀茂川や高野川もあり、比叡山や大文字を眺めながら暮らしている。

寒くなった、暑くなったと天気に翻弄されているけれど、

晴れたら畑に出て、雨が降ったら星を読むという具合で、

まさに晴耕雨読の日々。

 

尼さんみたいな生活だけれど、自然で心が満たされてみると、

ああ、自分が本当に欲しかったのはこういうことなのかと不思議な気分。

今まで何を追い求めていたのかなと。

 

京都のよいところは街が小さいところ。

お寺や神社も近く、美術展やコンサートなどもとても身近だ。

自然だけではやっぱり飽きるときもあると思うのだけど、

文化的な刺激もいろいろある。

また街中のような閉塞感も、左京のこのあたりはない。

住宅街ではあるけれど、もともとが田んぼや畑だったエリアなので、

古い怨念みたいなものは何もない。

 

でも、これはやっぱり50も見えてきたからこその境地なのだろうなあ。

20代、30代、40代とたくさんあがいたからこそ、なんだと思います。

自分もこれからやりたいことはいろいろあるのだけど、

今まさに格闘している年下の女の子たちを応援していけたらいいな。

 

 

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