リライトや引用について

3月のことですが、

私の有料のメールマガジン、「週刊ホロスコープ」や

著書、『人生について星が教えてくれること for Wrking Girls』から、

言葉を抜き書きしたり、リライトしたりして、

ご自身のツィッターやブログに上げている方がいることがわかりました。

オンラインサロンのイベントでお話ししたことも使っていたようです。

 

現在は、当該のツィッターアカウントやブログ記事は削除されていますが、

リライトや度を過ぎた引用は、著作権侵害に当たります

(引用元を記したとしても、ほとんどの部分をコピーペーストして、

使うこともできません)。

 

すべてのコンテンツは、個人が楽しむためのもの。

宣伝も含めた商用利用、無断転載はご遠慮ください。

特に、有料の情報商材として提供しているもの、

クローズドなオンラインサロンでお話ししたことを

許可なく、しかも自分の言葉やアイデアとして外に出すことは、

本来、あり得ないことです。

 

キュレーションメディアについて書かれたものですが、

とてもわかりやすいHPがありました。

こちら許可を得て、リンクを貼らせていただきます。

https://sakuya-shougainenkin.com/copyright-infringement

 

ほとんどの方には当たり前のことだと思います。

気持ちのよくない話でごめんなさいね。

 

星は誰のものでもないので、自由に楽しむべきですが、

ほかの誰かが下ろした言葉、そのために使った時間などは、

リスペクトしてほしいものだなと感じます。

春ももうすぐ

3月の声も聞こえてきて、随分と暖かくなってきましたね。

 

冬の間、サボっていた畑仕事も再開しました。

イチゴやニンニク、タマネギなど秋の終わりに植えたものが

そろそろ大きくなっているので、まわりの雑草を取り、追肥。

 

食べきれなかったミズナやチンゲンサイなども

ジャングル化していたのを取り除き、

畝間の雑草なども少しずつとっているうちに、もう2月も終わり。

 

今日は、夫が休みだったので、ニンジンとダイコンの終わった畝に、

堆肥を入れて耕してくれた。

ここまでやると、ああ、また春夏野菜が始まると、

ちょっと嬉しくなる感じ。

 

本当は、育苗もするといいのだけど、

以前、日あたりの悪い、古い木造家屋で失敗したのもあり、

育苗はさぼって、夏野菜は苗で買うことにしているけれど、

まあ、徐々に、できるところからと思っている。

 

嫌にならない程度にがんばる、楽しみながらがんばるというのが

最近の私のモットー。

 

だって、家の隣に畑があり、年の半分くらいは野菜を自給できるって、

40目前まで東京にいた私には夢のようなライフスタイルなのだ。

 

同じ畑のメンバーは無農薬で育てている方ばかりで、

中には自然栽培で小麦を育てて、パンやパスタにするという強者もいるけれど、

やっぱり、そこまではできない。

 

田んぼも一昨年、一年間やってみたけれど、手植え、手刈りの大変さを知り、

これは、自給は無理と早々に諦めた。

本当にお百姓さんは偉い。

 

ともかく少しずつでも畑を続けること。やめないこと。

畑のあるライフサイクルを身体にたたき込むこと。

料理もしやすく、絶対無駄にしないような、育てやすい野菜が何か、

ちゃんと見極めること。

まずは、そこからだなあと思っている。

 

20年続けたら、70近くなるのか。

その頃まで続けられたら、足腰のしっかりしたおばあちゃんになれそう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天王星の前触れ

今日は、京都での対面セッション。

最近は、フラワーエッセンスのセッションも多かったので、

ホロスコープ・リーディングを中心としながら、

コーチング・セッションを行うという予定だった。

 

でも、彼女が希望していたのは自給自足的な暮らし。

私もここ数年、少しずつ模索してきたことでもあり、

結局、そちらのコンサルテーションが中心に。

農学校に行ったり、菜園を借りたりで、

自分の中にも少しずつ農的な感覚というものが育っているんだな。

 

私自身は、住宅街の中で借りているので、

自給自足的にはほど遠いけれど、

それでも年のうち半分くらいは野菜を買わないで過ごせた。

私たちにとって、それはとても大きいこと。

 

関西で行ける農や移住のフェア、費用抑えめの無農薬の教室、

畑付きの物件を紹介してくれそうな不動産屋さん、

自給自足について詳しく教えてくれる、自然栽培のバイブル的な本。

この3年ほどの私の蓄積をぜんぶシェアした感じだった。

ムックが一冊作れそうなくらい、取材内容が溜まっている。

 

来月からのおうし座の天王星のビジョンを受け取っているのだけど、

まだまだ準備やリサーチが足りないということを彼女もわかってくれた。

私の話があまりに具体的なので、驚いてはいたけれど。

 

天王星の前触れのようなセッションでした。

いろいろ行動して、変わっていけますように!

 

 

 

 

東京セッションについて

東京セッションですが、2018年の後半くらいから、

ほぼウェイティングだけで埋まってしまうようになりました。

2、3ヶ月に一度行ってはいるのですが、

メルマガやブログになかなかご案内が出せない状況なので、

まずは、お申し込みいただき、

ウェイティングリストに追加の上で、

次のセッションが決まったときにご案内するという形にさせてください

(2月の東京セッションも、埋まってしまいました)。

 

京都にいらしたときは、

お泊まりのホテルのお部屋にお邪魔することも可能ですし、

関西在住の方の場合は、随時、お受けしています。

 

また東京セッションは、都心から一時間くらいのホテルで行っています。

森の中で、ゆっくりとご自身を見つめていただくことになります。

東京のせわしない日常の延長ではなく、

旅でもしたように自分を解放していただけます。

 

ご希望の方はまずはお問い合わせくださいね。

アーユルヴェーダのおはなし

私の本業は、今のところライティング。

 

座っているだけなので楽なように誤解されることもあるけれど、

実は、身体を使う肉体労働なので、

特集のご依頼も多かったこの冬は、もう身体がガタガタ。

宇宙とのつながりも弱くなり、

風邪とかではないのだけど、ちょっとダウンしていました。

 

アーユルヴェーダ、キネシオロジー、仙骨療法、

フラワーエッセンス、ホメオパシーとさまざまなものを駆使して、

ようやく元気になってきたところ。

もう若くはないので、自分へのケアが本当に大切だなあと思っている。

 

中でも今回よかったのがアーユルヴェーダ。

 

アーユルヴェーダは、以前から興味があって、

15年くらい前に取材したことがあり、

私は、カパ体質だけれど、編集の仕事のときはピッタになっていると

言われていました。

そのときは、本を読んでも意味がわからなかったけれど、

後々、東京のスピードに身体がついていかなくなって、

身体がカパで、頭がピッタなんだなとすごく納得した次第。

 

今回、京都で、素敵なサロンを見つけて、トリートメントを受けて開眼。

エステのなんちゃってアーユルヴェーダではなく、

とても本格的なシロダーラやお話に感動。

今年は、カパ体質に合う食生活をしていこうかなと思います。

 

玄米が合わないのも、カパでは消化できないからだとか、

ローフードや果物もカパでは身体を冷やすだけだとか、

毎年、1〜3月になんとなく体調が悪くなるのも、

カパが増えすぎているからだとか、いろいろ納得のお話がありました。

 

そう、またピッタは頭の上に溜まっていく、頭が詰まる感じになるようで、

それを地面にアースするとよいそうで、

パソコンのやりすぎで、身体が電磁波漬けになったとき、

畑に行くとアースされるのはそのせいだったんだなとか、

こちらも納得。

 

駅ビルのタイマッサージ店などで、ヘッドとリフレを組み合わせたりしていたのですが、

知らず知らずのうちに、自分の身体の状態に合うことをやっていたわけですね。

 

カパには野菜はとても大切なエネルギー源のようだから、

ヴィーガンは無理なんだけど、

今の菜園とともに暮らす生き方は、やっぱりとてもよいようです。

 

身体が鎮まると心も鎮まり、穏やかになりますね。

ちょうどホメオパシーも入れたので、コーヒー断ちも再開。

もうしばらくグルテンフリーもさぼっていたので、

パーフェクトにはできなくても、こちらも復活させていこうと思います。

 

アーユルヴェーダのトリートメントで訪れる静謐さを味わったからこそ、かもしれません。

 

東京が大好きだった頃

東京と言っても郊外で育ったので、

思春期は、東京の中心部にものすごく憧れた。

私立中に下から通っているような、

『オリーブ』に出てくるような女の子になりたかったのかもしれない。

『雑貨カタログ』がまだ定期刊行物になる前に暗記するくらい眺めていたし、

高校時代は、「アフタヌーンティールーム」が入る

高島屋系の雑貨屋さんでアルバイトしたりもした。

 

大学時代は、早稲田がちっとも好きになれず、

できたばかりの渋谷の文化村でアルバイトをしていて、

そちらのほうが忙しかった。

何もできない私を社員の方がよく面倒みてくださったなあと思う。

洋書が安く買えたり、フランス映画がタダで見られたり、

よい時代だったなあと懐かしい。

 

そして、卒業して入った編集部は、

60年代の空気をまとった編集長がいて、そこで編集の基礎を叩き込まれた。

西武百貨店の全盛期を知るデザイナーさん、

青山に住んでいた三つ編みパーマの編集長、いろいろすべて懐かしい。

 

そこから、ひとり暮らしをして、海外提携雑に転職をして、

イギリスに2ヶ月くらい滞在した後、ドメスティックな生活雑誌を作るようになった。

20代は、怒涛だったなと思う。

計画し、行動することが楽しくて仕方なかったのだ。

引っ越しも何回もして、あっちこっち行っていたけれど、

それはもちろん、東京の中でのことだった。

その中で、もう20年前になるけれど(!)、星にも出会ったのだ。

 

32になる目前で無謀にもフリーランスになり、

集英社や講談社などで仕事をさせてもらうようになった。

ライフスタイルのライターとして、本当に何でもやり、

それなりに稼げるようにはなったけれど、

なんだか自分の専門がよくわからなくなっていた頃に、

この「Saya」が始まった。

 

それからは、連載中心だとあまり出版社に行かなくてよくなったので、

ひと月とか休んで海外に行ったり、取材で地方に行くことも多くなった。

その時代もすごく楽しかった。

毎日が充実して、いつもキラキラしていたような気がする。

渋谷で自宅サロンにしていた時代もある。

 

うん、だから、東京を離れたくない人の気持ちもよくわかる。

私は、そういう東京ライフも送った上で今は京都がよいのです。

 

東京での生活も、仕事は相変わらず忙しいけれど、

だんだん東京にいてパワーがなくなるようになって、

取材で沖縄に行ったのをきっかけに、

離島のビーチなどでエネルギーを補給するようになった。

沖縄に移住する前年は、年に4回も行っていた。

それで沖縄に長期間滞在し、そして夫に会ったという流れ。

まさかの大学時代、同じ空気を吸っていた相手だったけれど、

もちろん当時は会っていないから、ご縁というものは本当に不思議だなと思う。

 

そうやって、徐々にテリトリーを広げてきて、

今は、京都がよい。でも、それもいつか変わるかもしれない。

仕事は、やはり東京に集まっているものだから、

このまま東京のクライアントからいただくのが理想だけれど。

惹かれているのは子どもの頃、毎年訪れていた八ヶ岳。

私が生まれ育った土地は、祖父母が疎開しただけで、

そんなに愛着があるわけではないので、むしろ八ヶ岳が懐かしい場所。

 

ひとつのところに代々、住むという家系もあるだろうし、

私はむしろ代々、東京の母方の母方よりも、

そこにつながった母方の父方である豊臣方の血が強いのかもしれないな

(もともと徳川方だったけど、お目付で豊臣家に入っていたらしい)。

だから、ちょっとじゃじゃ馬なのだろう。

 

家の隣で畑をやれるけど、新幹線の駅に十数分で行けるなんて、

やっぱり東京ではあり得ない。

畑があって、時々、東京や神戸に出かけて、年に一度くらいは沖縄にも行って。

それで十分楽しいのです。

東京でも、京都でも、大阪でも行きたい展覧会や映画にも行けるし。

 

でも、東京で加速しているときはわからないよね。

それでいいのだけどね。

みんな同じ必要はないのだから。

 

 

東京に戻ってこないのですか

東京を離れて、4月で8年になる。

最近になって、「東京に戻ってこないのですか」と聞かれることが増えてきた。

納得しないような人もいて、不思議な気持ちがしていた。

「全員が東京に住む必要がどこにあるのだろう」と。

 

そんなところへ、昨日、「訳あって…東京に住むのヤメました」という番組をやっていた。

松本隆さんのようなビッグネームから、俵万智さん、長島一茂さん、

ピースの綾部さん、波田陽区さんなどなど。

私にとってもタイムリーで、とてもおもしろかった。

 

スタジオには「東京を離れたくない」芸能人の方たちもいて、

指原莉乃さんや大地真央さんなど、東京以外の出身の方たちが多い。

やはりフェイズの話になってしまうのだけど、

私にもそういう時期はあったし、今は、東京ではないというだけ。

 

でも、私の場合、東京でも仕事をしているし、実家もあるし、

東京のコミュニティもしっかり機能している。

 

結局、私の母方は、その母方、その母方とたどっていくと、江戸や東京の商家と武家。

母方の父方も、その母方はやはり幕臣で、

進学や就職で東京にやってきた地方出身の男性と結婚するという家系らしい。

現実に、私たち三姉妹の結婚相手も全員そうだ。

東京は、こういう母系でつながっている家って結構多いんじゃないだろうか。

 

祖父母が疎開した地に住みついたので、生まれ育ったのは東京郊外で、

あまり自分が東京の人間と意識したことはなかったが、

最近になって、自分が東京の人間なのを実感している。

 

40手前まで東京にいたのだから、違うエリアにも住んでみたくなった、

というのもあるし、

MCから10ハウスにおとめ座の星が集中している私は、

東京にいると、本当に仕事ばかりになってしまうというのもある。

たまにしか行かないからというのもあるけれど、

今も、東京滞在のスケジュールはいつも真っ黒で、ややブルーになるくらいだ。

 

加速する東京から少し離れて、仕事はしつつも、

自然と文化の多い京都でゆったり暮らす。

それが今の自分のフェイズ。

そんなに難しい話ではないと思うんだけど。

 

経済的なことや業績を考えたら、東京のほうがチャンスは多いかもしれない。

でも、それらを手放したら、自分らしくやっていく分には移住もできるのだ。

もちろん私は文筆業で、地方にいても東京と仕事ができるというアドバンテージはある。

でも、それぞれの状況に合わせて、

ゼロからいろいろ考えてみると、道は開けると思うけどなあ。

 

そして、東京にいたい人はいればいいと思う。

東京も楽しいし、いろいろなつながりが生まれやすい。

私も東京が大好きという時代もあったし、今だって嫌いでは全然ない。

自分が住みたいのに、ほかの人の承認がなぜ必要なのかなと不思議。

 

 

幸せになっていい

今日、ふっと降りてきたこと。

「自分が幸せであれば、他者にふりまわされない」という気づき。

 

昨年までの数年間、本当に奇妙な、孤独な人によく出会っていた。

でも、それは、自分の中にも幸せを感じていない、

孤独な部分があったので、拡大されたものを見せられていたのだろうなあと。

それはよく言われることだけど、それが本当に腑に落ちた。

なぜだか今日の昼間、急に。

 

たぶん私がものすごく幸せそうにしていたら、

孤独な人のほうで避けてくれていたんじゃないかしら。

幸福を自慢されそうなくらい、幸せにしていればいいというか、

幸せになっていいのだ。

 

おとめ座に星が多く、アセンダントにさそり座があるので、

つい謙虚にならなければとか、相手に合わせなければとか思ってしまっていたのだろうな。

でも、それはもう私のかぶりものであって、

昔の姿なんだろうなあとふと降りてきたのだ。

 

わかってみれば、何てことないのだけど、

この「幸せでいてはいけない感じ」というのはどこから来ていたんだろう。

やはり同時代に苦しみもあるのに、

自分だけ幸せではいけないと思っていたのかな。無意識のうちに。

 

でも、自分も120パーセント幸せになって、

他者も200パーセントくらいの力で助ければいいのでは、みたいな感じ。

上手く表現できないけれど、それは、とても新しい感覚。

 

これを書きながら、ふっと気づく。

もう金星がアセンに来ているんじゃない? と。

天文暦を見ると確かに来ていた。

土星にやられていたものが木星、そして金星で変わろうとしている。

なんだか長かったなあ。

 

「一緒に苦しんでほしい」「助けてほしい」という人たちの

無意識のエネルギーにやられていたんだなと思う。

幸せになって、助ければいい。

「自分のことをやってから、他者を」と思っていたはずだけど、

何かそれは無理やりだった。

今は、すごくナチュラルに「幸せでいい」と感じる。

金星を忘れていたのかもしれないな。

 

 

 

ミラクルの起こし方

おうし座に天王星が入ったこの夏。

また新たな7年がやってくるので、

人間関係も様変わりしたなあと感じる。

 

私たち夫婦で言えば、移住後のどこか中途半端な時期は過ぎて、

京都の暮らしに着地したところがある。

京都の四季と行事ごとを経験するとともに、

土地勘もなんとなくできてきて、土地となじんでくるのだ。

 

京都に来てから、一年間だけだだが、週末の有機農法の学校に通った。

植物を育てるのは初めてだったので、格闘しているという感じだったけれど、

でも、生きているものが育っていくのを見るのは本当に楽しくて、

人生観が変わるような経験だった。

 

学校の区画は卒業すると返さなくてはならない。

学校と並行しながら探したけれど、全然見つからなくて、

卒業後、半年は休んでいたが、

今年の2月にある物件を見に行ったら、貸し農園が隣にあり、

住まいを借りてから、地主さんを探して交渉し、

無事に借りることができた。

 

一年前の年末を考えると嘘のような展開が今年、あったことになる。

車の運転ができない私には住まいの隣の畑というのは、

本当にとてもありがたいことで、

「今晩のお鍋の白菜を畑からとってくる」ということができている。

やわらかくておいしい自家野菜に慣れてしまうと、

もう外では野菜を食べられないくらいだ。

 

京都の町中ではあるけれど、自然も豊かな場所で、

家の近くの畑で野菜を育てて、自給自足は無理でも、

年の半分くらいは賄ってみたい。

京都の不動産事情を考えると、

ほとんど奇跡に近いような願いが叶えられて、

本当にありがたいなあと思うけれど、

その前にやっぱりやらなくてはいけないことがたくさんあった。

 

京都への移住。農学校へ通うこと。引っ越し。

やっぱりミラクルは、やることをやった後に天から降ってくるもの。

自力だけでもダメだし、他力本願でもダメ。

そんなことをつくづく思う年末。

来年は、どんなことが起こるのだろう。

そして、どんなミラクルを起こしたいんだろう。

 

雪が降って白くなった畑を見ながら、来年のビジョンを考えている。

魔法使いではない

昨日の続きでもあるのだけど、

たぶん私がややこしいのは冷たいだけの人ではないからだろう。

やるとなると、とことんやるし、割と親切ではあると思う。

でも、それは、「いつも」ではないのだ。

 

物ごとには流れというものがあって、

上手くいくときというのは向こうから流れがやってくる。

沖縄に住んでいた頃、東京に行く数日前に、

その方が今度出版するという本をいただいたら、

東京で、ある編集部の方が急に尋ねてきて、

内容がぴったりだと思ったのでご紹介したら、

ベストセラーになったということがあった。

 

それは私は宇宙の媒介になっただけだし、

何の苦労もなかったので問題ないのだけれど、

その方の次の本のときは、私には思いつくような編集部はなかった。

それでお断りしたのだけど、怒らせてしまったのかな、

と思わないでもなかった。

また、その本の内容を私がいいと思わなかったのもある。

 

「タイミング」「内容」「人脈」すべてが揃うことなんて、

そうはないということ。

毎回、奇跡が起こせるわけではないのだが、

期待してしまう人は期待してしまうらしい。

 

単に宇宙の通り道になることがあるだけで、

私にスペシャルな力があるわけではないんだけどな。

毎回、毎回起こせるなら、それは魔法が使える人ということになる。

魔法使いではないわけだから。

 

でも、このタイミングだなあということはある。

そうした筋読みはできるので、それが魔法のように見えるのかな。

それは物語の先を読む力というだけなんだけどね。

星を読めるようになると、筋読みの力は磨かれる。

みんなも勉強したらいいのにな。